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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(オ)201号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判旨および説明〕(一) 本件は、同時に同一法廷(第二)で判決された別件(昭和二九年(オ)二三一号、売買無効確認登記抹消等請求事件)と事実関係が密接に関連し、問題も共通なので、以下両事件を一括して紹介したい(ただし、事実関係争点とも相当錯雑しているので、冒頭の判示事項の紹介に必要な限度に省略して記述することとする)。

ところで問題は次の如きものである。

(A) 民法一一〇条適用の要件としての「代理人カ其権限外ノ行為ヲ為シタル場合」における代理人の権限――いわゆる基本代理権――は、当該無権代理行為当時現に存在しなければならないのか、または過去に存在しただけで足るのか。

(B) もし、過去に代理権があつたが現在は何らの代理権がない場合にも同条の適用を認めうるものとすれば、この場合相手方は過去の代理権につき何らの認識を必要としないのか、それとも、相手方が無権代理人を正当代理人と信じたのは、無権代理人が過去において代理権を有していた事実を知り、しかもその代理権の消滅を知らないため、当該行為についても代理権を有すると誤信したという関係が必要なのか。

以上(A)(B)、とりわけ(B)が本件における中心課題である。

(二) 事実関係を要約すれば、次のとおりである。本件上告人(中国人)は、東京都内と横浜市内とにそれぞれ不動産を所有していたが、戦時中帰国に際し右不動産の管理を訴外甲に委任し、その費用等の支弁にあてさせるため予金通帳と実印とを同人に託した。しかるに甲は右予金の払戻を更に訴外乙に復委任したところ、乙はこれを奇貸とし、右実印により上告人の印鑑証明書、委任状等を偽造しそれらの偽造文書を行使して上告人の代理人と詐り、東京都所在の不動産を本件被上告人の前主訴外丙に、横浜市所在の不動産を別件上告人にそれぞれ売り渡し、いずれも所有権移転登記を経由した(丙はその買受不動産を更に本件被上告人に売り渡し、中間省略登記を経たものである)。よつて上告人から右各売買の無効確認登記抹消等を訴求したのが前記両事件であつて、相手方たる本件被上告人および別件上告人は、乙の右無権代理行為には民法一一〇条の適用があり、本件上告人は右各売買につきいずれもその責に任ずべき旨を主張したが、本件の一審裁判所は、乙には何らの基本代理権がなかつたとの理由で、右抗弁を排斥し、本件上告人の請求を認容した。ところが二審裁判所(東京高裁第三民事部、以下第三民事部という)は、乙の前記予金払戻に関する復代理権を基本代理権と認め、民法一一〇条を適用して本件上告人の請求を棄却した。これに反し別件においては、一、二審とも(二審は東京高裁第四民事部、以下第四民事部という)乙に基本代理権なしとし、民法一一〇条の抗弁を排斥して、本件上告人の請求を認容した。しかも右第二審においては、相手方は本件第二審の判決を資料として提出し、前記予金払戻に関する代理権を基本代理権と認むべき旨を主張したのであるが、第四民事部は、次のような理由の下にこの主張を容れず、結果において本件第二審(第三民事部)と全く相反する判決をなしたものである。

「代理権消滅後従前の代理人がなお代理人と称して従前の代理権の範囲に属しない行為をした場合において、もし相手方が過失なくして代理権消滅を知らないときは、従前の代理権ある以上さらにそれ以上の当該事項についても代理権あるものと信ずることあるべくしかも相手方がかく信ずるにつき正当の理由を有するときは、かかる相手方は保護に値するをもつて、本人は、該行為につき相手方に対してその責に任ずべきものとなすを至当とすべく(昭和一八年(オ)第七五九号同一九年一二月二二日大審院民事連合部判決参照)、この場合には、相手方は、従前の代理権の存在を知り、かつこれを知るが故に従前の代理権消滅後のしかもその範囲をこえた無権代理行為につき権限ありと信ずべき正当の理由を有するにいたつたことを要するものと解するを相当とする。」

(三) 上告理由。(1)別件の上告理由、すなわち第四民事部の判決に対するものは、右に引用した判旨を真向から非難し、民法一一〇条は過去に代理権の存した事実を相手方において知ると否とにかかわらず適用あるべき旨を主張するにあつたが、(2)本件の上告理由すなわち、民法一一〇条の適用を認めた第三民事部の判決に対するものは、大正七年六月一三日の大審院判例(民録一二六三頁)を援用し、同判例によるも、民法一一〇条は過去に存した代理権をゆ越した場合には適用がないこと明らかであるのに、原審が前記予金払戻の代理権が果して本件不動産の売買当時なお存在したか否かにつき何ら顧慮するところなく同条を適用したのは、法律の誤解からひいては審理不尽理由不備の違法を犯したものであるというにあつた。

最高裁は、別件については上告を棄却したが、本件については原判決を破棄して事件を原審へ差し戻した。すなわち、いずれも本件上告人の勝訴となつた。

(四) 冒頭にかかげた(A)(B)二つの問題の中の(B)――現に何らの代理権を有しない者がかつて存した代理権の範囲を超えて代理行為をなした場合にも、民法一一〇条の適用があるか――については、前出昭和一九年一二月二二日大審院民事連合部判決(民集二三卷六三二頁)は積極説をとり、通説もこれを支持しているので、ほとんど問題はない。本件上告理由の援用する前掲大正七年の判例は、右連合部判決によつて明示的に変更されたものである。しかしながら、問題の(B)――無権代理人が過去において有した代理権の範囲を超えてなした代理行為につき民法一一〇条の適用を認めるには、相手方が過去の代理権の存在を知りしかもその消滅を知らなかつたため、当該行為についても代理権があるものと誤信したという関係が必要か――については、恐らく見解が岐れるであろう。筆者の解するところによれば、前記連合部判決は、この点をも積極に解したものであつて、前掲第四民事部の判決も右判例をそのように理解し、かつこれに従う立場を明らかにしたものである。

ところで右連合部判決は、かかる解釈の根拠を単に民法一一〇条だけでなく、同条および同法一一二条の綜合に求めている。すなわち、民法一一二条は、「相手方ニ於テ代理人ノ代理権〓消滅スルノ前其ノ者ト取引ヲ為シタルコトアル等元ト代理権ヲ有セシ者ニ依然代理権アリトシ之ト取引ヲ為スヘキ事情存スル場合ニ限リ其ノ適用アルモノ」(大審院昭和八年一一月二二日言渡判決民集一二巻二七五六頁)――つまり、同条は、相手が代理人に以前代理権があつた事実を知りしかもその消滅を知らなかつた場合に限つて適用があるとの見解を前提とし、これと一一〇条の法意とから推論して、結局前記のように解すべきものとするのである。けれども、過去の代理権の範囲を超えた無権代理行為につき民法一一〇条の適用の有無を定めるに当り、相手方がその過去の代理権を知りしかもその消滅を知らなかつたか否かを独立した一個の要件と解するのは、民法一一〇条の適用を不当に判限するものであつて、むしろそれは、相手方に代理権ありと信ずべき正当事由の存否を決するための一資料たるに過ぎないものとなすべきではないか、との反論が生じうるであろう。ただ本件事案においては、相手方たる丙は、無権代理人乙の提示した委任状印鑑証明書等により、一途に乙を本件上告人の正当代理人と誤信して取引をなしたものであつて、乙が過去において予金払戻の代理権を有した事実の如きは、本訴係属後上告人の主張により始めて了知したいわば全く偶然の事実たるに過ぎないのである。かかる偶然の事実の存否如何により相手方が或は保護され或は保護されないとすることが果して正当かは、疑を免れないところであつて、そこに前記第四民事部判決のような見解を生ずる余地が存するのであろう。

(五) ともあれ、最高裁の判決は二件とも右問題につき正面から解決を与えてはいない。すなわち、別件においては、原審判決が前掲判示の外、相手方が乙に代理権ありと信じたのは取引上相当の注意を欠いたもので正当理由があるものとはいえないとした判旨を援き、この点の判断が相当である以上、「かりに表見代理に関して原判決の説示するその他の事実上法律上の判断に所論のごとき異論の余地ありとしても、本件につき民法一一〇条の適用の余地のないことはもちろんである。」となし、本件においても、「もし原判決の趣旨とするところ、表見代理の基礎たる代理権は表見代理の行為当時すでに消滅していても、なおかつ民法一一〇条の適用を妨げないとするにあるならば、須らく判決にその法理とこれにもとずく事実関係を解明しなければならない。」と判示したに止まるからである。ところで、右後者の判旨は甚しく分明を欠く。けだしもし本件原判決(第三民事部の判件)が、表見代理人につき過去のものたると現存のものたるとを問わず何らかの代理権が認められる以上、これをゆ越した代理行為には常に民法一一〇条の適用があるとの見解にもとずくものとすれば(そして原判決は一応そのように解すべきであろう)、最高裁の右判示における「その法理とこれにもとずく事実関係を解明しなければならない」とは、そもそも如何なる趣旨か了解に苦しまざるをえないであろう。思うに本件原判決を破棄するのは、前記連合部判決の如き見解に立つて始めて妥当とされるものである。それゆえ最高裁も恐らくはかかる見解に立ちつつ、ただその断定の困難さを回避したのではなかつただろうか。より明確な判断が望ましかつたと思うのは、ひとり筆者のみではあるまい。

(青山調査官)

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